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リバウンド期の体験記録。各記事へ内部リンクはっています

記事をお読みくださってありがとうございます。

このページでは、著者がリバウンド期を過ごした体験の概要をまとめています。

その前に、体験記録の時系列を少しお話致します。

体験記執筆のきっかけ

私は、2009年に脱ステロイド・脱保湿を始めて約1年が経った2010年に、それまでのリバウンド体験記録をまとめた文章を作ろうと心に決め、時間を見つけては当時の療養時の工夫点や辛い気持ちなどを記していきました。当時、アトピー性皮膚炎のステロイド被害の電話相談や一般への情報拡散を目的にアトピーステロイド情報センター(略:ASIC)という機関が存在していました。ステロイドで苦しんでいる多くの方々の悩みを一心に受け、そしてまた、脱ステロイドに理解のある皮膚科医、内科医の専門的な意見を機関紙に載せ、サイト上に掲載したり、会員に頒布したりしていました。

著者の私も、滲出液が日夜身体からしみ出し、部屋の中が異様な臭いで充満するリバウンド期の悩みの相談先としてASICに電話をかけ、自分の取っている治療方針が間違っていないかどうか、療養時にはどんなことに気をつければよいか、などなど長時間にわたり電話に付き合っていただいた過去があります。

私の場合、脱ステロイド・脱保湿を開始して1年後には滲出液も止まり、普通の日常生活が送れるようになっておりました。その時期に、私の体験を、小論文のように取りまとめておきたいという気持ちが芽生え、また、リバウンドで苦しんでいる多くの方々に読んでいただこうという思いになりました。文章を書き、推敲もひと段落してようやく原稿がまとまり、ASICの担当者に、「機関紙に載せていただくことはできますか」とお尋ねしたところ「ぜひ掲載させてください」と快諾していただきました。

私としては、ASICの方々へ御恩返しもでき、ステロイドで悩んでいる方々へ、私の体験を知っていただければ、少しは心のよりどころになるのではないかと考えていました。

それから私は、無料ブログに自分の実体験の記事を載せて情報提供し、コメントの返信やメール相談などに応じてきました。

しかし、現在、ASICは解散し、ステロイド治療の被害は後を絶ちません。

また私の中でも、ステロイド治療は一体なんだったのか?という疑問が再燃し、自分の体験記録を今一度整理したいという気持ちも沸き起こりました。そこで、サーバーを借りて、自分独自のサイトを作って、自分の思うように情報掲載しようと思い、このサイトが立ちあがりました。

当時記した体験記内の療養時の内容は、現時点での私の考えと比較して、それほど大きなズレはないのですが、細かな修正点や視野のひろがりもあって、よりわかりやすくお伝えしたいと思い、適宜修正・加筆をして、このページに掲載しております。

文章を読み進めるにあたり、関連する項目からサイト内への個別記事や外部ページに移動できるように適宜リンクを貼っておりますことをご了承ください。

ご意見・ご感想などお待ちしております。

 


(↓ここから体験記が始まります↓)

私のステロイド・保湿剤塗布歴

私は高校一年生の時に肘窩膝膕に湿疹ができ始めました.気になって掛かり付けの皮膚科医(内科・アレルギー科兼)に診てもらったところアトピー性皮膚炎と診断されました.それから大学を卒業するまでの間ステロイド軟膏 [顔と首:レダコート,からだ:メサデルム]を主に使用してきました.

陽ちゃんの外用ステロイド剤、保湿剤の塗布歴 ステロイド・保湿剤塗布歴のページへ移動

 

脱ステロイドに踏み切った3つの理由

脱ステロイドに踏み切った理由は3つあります.

1つステロイドが効かなくなってきたことです.

私の場合両肩上部,背中全体,腰周辺に湿疹ができていたので、その部分を中心としてステロイドを塗っていました。しかし、ステロイドを塗り始めておよそ8年となる大学4年生の頃には、首周りにもでてきた湿疹が引かなくなっていました。またその頃には入浴後の肌の乾燥も酷くなり、全身にワセリンを塗布するような肌の状態でした。ワセリンを体に30分以上かけてよくすりこまなければ、表皮が服にすれただけでも痛くなるチクチク、ギクギクするような痛みに到底耐えられませんでした。

2つ目の理由はステロイドを塗ることに精神的ストレスを感じるようになったことです.

試験前には試験期間分の軟膏の準備、サークルの合宿や旅行では外出日程分の薬の量を準備しなければなりませんでした。外泊時には人目に付かないようにステロイドを塗り、就寝時には音をたてな いように身体を搔かなければなりません.そしてステロイドを塗ることで皮膚が弱くなり、そのことで運動をすることが億劫となり、それに比例して精神的ストレスが次第に溜まっていきました.このような生活を一生送り続けることに私の精神は耐えられそうもありませんでした。

3つ目の理由として,医者への不信が募ってきたことが挙げられます.

これまでに医院2軒,県病院1軒を回り ましたが、どの医者もステロイドを塗り続けることを強要しました.県病院では「君は一生、ステロイドを塗り続けなければならない。それぐらいの覚悟は当たり前だ」と言われました.また医院2軒では,診察室で私がアトピー性皮膚炎であることを口頭で伝えただけで、皮膚の状態も確認しないまま条件反射的に「これを塗りなさい」の一点張り。ステロイド軟膏を差し出したのです。これらの医者の態度にはまったくもって驚かされました。診療行為というものを全く行っていないからです。正直、私の怒りは頂点に達しつつありました。

そして私は,このような医者(人間)から強要されてまで塗らなければならないステロイドに対して疑問を持つようになり、併せて言いようのない恐怖心を抱き始めるのです.

脱ステ・脱保湿のキッカケの記事に移動する

 

脱保湿も開始する

私は大学を卒業して、大学院に入学した4月から脱ステロイドを始めます.当時は既に「脱ステロイド」という用語は存在していたのですが、私はネットなども調べることはなくただ自分でステロイドを塗るのを止めたにすぎませんでした.ですから,リバウンドに対して特別な恐怖心を抱くことなく、脱ステロイド療法を始めることになったのです.

これまでに何度かステロイドを断とうと試みたことはあったのですが、一週間もすると全身に鳥肌が立った状態となり,その部分に激しい痛みが生じ、その痛みに耐えかねて再びステロイドを塗るということを繰り返していました.

しかしワセリンを用いることで接触時の摩擦力を軽減させることに成功し、最初の脱ステロイド開始後の一週間を乗り切ることに成功したのです.

chaspot_moisture_or_not_002 保湿・脱保湿の有効性の記事へ移動

その後にほてりを伴った赤みが全身に広がりました.この頃から体を動かすのが辛くなります。2,3日横になって休んでいたのですが、食事の用意もできないほど体を動かすのが大儀であったので実家の母に連絡し、急遽応援に来てもらうことにしました.

そしてこれから,脱ステロイドのリバウンドと呼ばれる過酷な闘いが始まるのです.

症状の経過は 佐藤健二著『患者に学んだ成人型アトピー治療 脱ステロイド・脱保湿療法』つげ書房新社(2008) に記載されているものと概ね似ておりました.

※2016年現在、上記の書籍の新版が出版されております。

佐藤健二著『(新版)患者に学んだ成人型アトピー治療―難治化アトピー皮膚炎の脱ステロイド・脱保湿療法』柘植書房新社(2014)
※リンクをクリックするとamazon.co.jp へ移動します


体験記では自宅で脱ステロイド・脱保湿療法を行う上で、私自身が工夫した点を記します.あくまで私個人が行ったことですので,医療上適切かどうかは判断しかねます。ご了承のうえ読み進めてください。

 「滲出液対策」

私 の場合は、よくステロイドを塗っていた両肩・背中・腰から主に滲出液が出ました.滲出液が出るところは洗濯して柔らかくしたガーゼを当て,量が多い日には ガーゼを2枚から3枚重ねました.それでも滲出液はガーゼから浸み出てくるのでTシャツが濡れて体が冷くなります.特に夜になると液量が多くなりました. そのままの状態では体が冷えてしまうので,たとえ夜中であっても目が覚めるとその都度入浴し,新しいガーゼに替えてから寝るようにしました.体力がある時 にはできるだけ授業にも出るようにしていましたので,着替え用のTシャツを2,3枚持参し,学校で着替えるようにして体の冷えをしのいでいました.滲出液 は独特の異臭がしますが,それには耐えるしかありませんでした.

 

「口渇対策」

水分制限は,脱ステロイド療法で最も辛かったことの一つでした.滲出液が出ている時期は普段以上に水分の欲求がありましたが,過剰に摂取すると低蛋白血症となり皮膚の改善が遅れるとの報告(文献2)がありましたので,食事以外での水分摂取量は1000~1500ml/dayに なるように制限しました.療養中は極度の寒気がするのでココアや白湯など温かいものを飲みました.また,がぶ飲みは療養中好ましくないので,一口大の氷を 口に含んで喉の渇きを満たしていました.普段は全く飲まないのですが,ジュース類やサイダーなど色々な飲み物を織り交ぜて,飽きが来ないように工夫してい ました.

 

 「食事」

朝晩は必ず豆腐を一丁ずつ食べていました.また納豆も毎朝食べました.植物性蛋白質を多く摂るように心掛けました.また料理には塩・コショウをはじめとす る調味料は体内の刺激物となり同時に水分欲求の原因となるので,料理には一切使わないようにしました.素材の味を引き出して美味しい料理を作ってくれた母 に感謝しています.

また私の家では玄米を主食としてきたこともあり,療養中も引き続き玄米を食べ続けました.

そして,症状の変化に伴って食べ物の欲求や味覚も変化しました.脱ステロイドを始めて一ヶ月はゼリーのような流動食やイチゴなどの果物類,二ヶ月目を過ぎ る頃にはパンやご飯といった炭水化物をとても欲するようになりました.食事量は特に制限は設けませんでした.体が欲求するものは無理に抑制せず,食べたい 量だけ食べました.少々食べ過ぎの感がありましたが,たくさん栄養をつけて中から治すのだというイメージを持って食事をしていたので悪い方向には働かな かったように思います.脱ステロイド開始時には鈍感であった味覚も,時の経過と共に徐々に回復し,7月に入ってようやくご飯(玄米)の味が分かるようにな りました.

 

「脱保湿について」

脱ステロイドを始めてから2,3週間して,入浴後の肌の乾燥が激しくなりました.脱ステロイドを始めて約一ヶ月間,入浴後全身にワセリンや馬油を塗っていたのですが,ほてりを感じるようになってきたので止めることにしました.時を同じくしてASIC(アトピーステロイド情報センター)の論文コーナーで佐藤先生の論文(文献2,文献3)を読んでいたこともあり,最終的な決心が着きました.

こ の時期の入浴後の肌の乾燥は想像を絶するほどの苦痛を伴いました.脱ステロイド療法をしている人はこのときの状態を“生き地獄”“この世の地獄”“阿鼻叫 喚地獄”などと譬えていましたが,どれも的を射た表現だと思います.私の場合は乾燥による痛みがあまりにも酷く,吐き気を催すほどでした.しかし,ステロ イドを断ち,皮膚改善を妨げるであろうと危惧されている保湿剤の使用も中止したことで,今後の皮膚悪化の原因をあれこれ思案する必要がなくなり,療養に専 念できる心構えができました.この心の持ち方は,脱ステロイド・脱保湿療法を実践する人にとって,治療における重要なファクターである思います.

浴 室から出て外気に触れると,水分蒸発に伴い肌の乾燥が急速に進みます.私の場合は顔を含めた上半身が乾燥の対象となりました.浴室から出るとすぐにバスタ オルを体全体に軽く一回巻いて水分を拭き取ります.そしてすぐにパジャマを着てコタツに座り,目をつむって歯を食いしばり,両手をぐっと握りしめて痛みに 耐えていました.痛みを和らげるために,じっとして座り,汗や皮脂が自然に出るのを待ちました.長い時には2時間近くも座っているときがありました.けれ ども,このようなことを一週間,二週間…と繰り返しているうちに徐々に乾燥が和らいできました.体が乾燥に慣れてくるとコタツからでて,本を読んだりギ ターを弾いたりしながら痛みが和らぐのを待ちました.改善の方向に向かうにつれ痒みも出て痛痒くなってきます.必要以上に搔かないためにもギターを弾くよ うな両手を使う行為は有益だったと思います.

 

「入浴」

滲出液が出ている時期は,Tシャツが濡れて身体が寒くなれば時間帯にかかわらず,すぐに入浴しました.多い時では一日に3回も入りました.それ以外は毎日1回入るようにしていました.

入 浴は浴槽にお湯を溜めて半身浴をし,上半身はシャワーで洗い流しました.石鹸は牛乳石鹸の青箱を使い,石鹸用の泡立てネットを使い,手で撫でるようにして 体を洗いました.脱ステロイド初期のころは皮膚の乾燥が酷いため石鹸は使わず,滲出液が出ている時期は石鹸を使い,かさぶたができ始めるようになってから は石鹸を使わず,十分に皮膚が元通りになってから使い始めました.石鹸を使う量や回数は特に決まりを設けていたわけではなく,その日その時の皮膚の様子を 自分なりに判断して決めていました.強いて言うならば,2回以上入る日には石鹸の使用は1回の入浴のみに制限したことが挙げられます.

入浴時間は長ければ長くなるほど保湿になってしまうので(文献1),30分前後に収まるようにしたのですが,乾燥が激しく,“生き地獄”を感じている時期は 浴槽から出るのが怖く,出ることをためらうあまり,1時間近く湯船につかっていたこともありました.これは私の心の弱さの表れだと思い反省しなければなら ない点でした

初めはバスタオルを使って体を拭いていたのですが,枚数もそんなに多くあるわけでもなく,また毎日洗濯しなければならないため使い勝手が悪く思われまし た.そこでバスタオルの代わりにフェイスタオルを使っていました.フェイスタオルは何十枚も用意しました.私は一回の入浴で約6枚のフェイスタオルを使っ ていました.擦るのではなく,軽く押さえて水分を吸い取るような感じで体を拭きました.腕を回したり頭上に上げたりする動作ができないので,母に協力して もらいました.

 

「就寝時」

脱ステロイドを始めて一ヶ月~一ヶ月半もの間寒気がしていました.寒気がする時期は部屋に暖房をつけ防寒着を着てコタツの中で寝ていました.仰向けで寝ると背中に汗をかき痒みが出るので,うつむきまたは横向きで寝ていました.

滲 出液が多量に出るときは滲出部をガーゼではなくタオル(フェイスタオルくらいの大きさ)で覆って寝るようにしました.ガーゼではTシャツが濡れて身体が冷 えるからです.敷布団の上に茣蓙を敷いて滲出液が布団に染みるのを防いでいました.翌日,滲出液で濡れた茣蓙は水拭きをして干していました.寒気のする時 には茣蓙の代わりにキャンプ用の銀マットを利用しました.普段私は枕をしないのですが,顔のむくみを防ぐために少し頭の高さを高くして寝るようにしまし た.

chaspotnekata_002-1 睡眠・寝方の記事へ移動する
「服」

肌着には綿100%のTシャツを着ました.学校を休んでいる日は,一日をパジャマで過ごしました.学校がある時には着替え用のTシャツを持参し,さらに余 分に一枚羽織っていくなど体が冷えないように気をつけました.皮膚のかさぶたや亀裂で腕が自由に動かせないため,母の協力なしには服を着ることができませ んでいた.

 

「洗濯」

雨 の日でも洗濯をし,室内干しをしました.滲出液が多量にでる時期には,Tシャツ4,5枚,パジャマ3着,何枚ものガーゼ,タオル類(フェイスタオル,バス タオル)等,かなりの量の洗濯物がありました.特に滲出液が染みた洗濯物はあらかじめ浴槽に湯を張り,赤黄色く濁った液を絞り出す処理をしたのちに,洗濯 機に入れて洗うという工夫をしました.落屑の時期も同様の方法で洗濯をしました.その時期は洗濯機の中にかさぶたがこびりついているので定期的に洗濯機を 洗浄しました.

 

「掃除」

部屋の掃除は掃除機をかけました.落屑が多い日は歩くたびにズボンの裾からかさぶたが落ちてきます.それを拾い集めるのにコロコロカーペットクリーナーを使いました.

トイレ,浴槽の掃除も毎日行いました.落屑が多い時期はトイレや浴槽にかさぶたが落ちるので.小型のチリトリ・箒で拾い集めていました.多い日には,鰹節を手掴みしたぐらいの量が落ちていました.

 

「病院」

脱ステロイドを始めて,一ヶ月を過ぎたころに「カポジ水痘様発疹症」に罹りました.この時に初めて阪南中央病院皮膚科の佐藤健二先生を訪ね,抗ウイルス剤 の点滴とお薬[バルトレックス500,アレジオン錠10]を処方していただきました.カポジ水痘様発疹症は拡がりが早く,外見が異様なため困惑と焦燥に駆 られましたが,一時は40℃を超えていた熱も,治療により一週間で平熱に戻り,二週間目にはカポジで荒れた肌もかさぶたとなっていきました.カポジのかさ ぶたの色が真っ黒であったため,自分の体の醜さを見てショックを感じたものでしたが,時が過ぎるのを待つしかありませんでした.

これを機に佐藤先生のところで診ていただくことになりました.月に一度の割合で阪南中央病院まで通院しました.片道2時間もかかる距離を混雑した電車で移 動しなければならず,かなりの苦労が伴いましたが,脱ステロイド・脱保湿療法の第一人者である佐藤先生に診ていただける機会に恵まれていたことが何よりの 救いでした.定期的に診ていただくことによって安心して治療に専念することができました.また○○○○の電話相談員である□□□□氏とも連絡を取り合い, 脱ステロイド時の日常生活の注意点,工夫など生活全般に亘り親身になって相談に乗ってくださいました.知識のある第三者に症状の経過を診ていただいたりコ ミュニケーションを取ったりすることで,とても勇気づけられました.私は,脱ステロイドの言葉も知らずに自分で思い立ってステロイド・保湿剤を断つことに 踏み切った者ですが,一人で治療に専念するには肉体的にはもちろんのこと,精神的にも非常に過酷なことです.脱ステロイド・脱保湿療法に踏み切るには外部 と事前にコンタクトをとってから臨むべきであるように思います.

 

「学校(授業・研究室活動)」

脱ステロイドを始めた4月当初は学校に通っていました.できるだけ通常通りの生活を維持しようと思ったからです.寒気がするときは防寒着を着て登校しました.学校は自転車で10分の距離にあるので,微熱ぐらいでも授業に出席しました.

そ の後,リバウンドの進行による皮膚の悪化とともに出歩けなくなるくらい体が重くなったので,仕方なく学校を休みました.これが5月のゴールデンウィークか ら6月の初めまで続きました.その頃にカポジ水痘様発疹症にも罹り学校を休まざるを得ませんでした.研究室活動(論文の輪読会・指導教授とのディスカッ ションなど)も4月終わりまでは行っていましたが,5月以降は容体が悪化したため,きちんと理由を伝え欠席することにしました.教授には,私がアトピー性 皮膚炎患者でありその治療薬として使っていたステロイドを抜くために体調が悪化していること,そして研究室活動に復帰できる日は未定であることなど丁寧に 説明しました.教授もきちんと理解してくださり私の体調をとても心配してくださいました.しっかり療養するように言っていただき,安心して治療に専念する ことができました.

し かし,8月には修士論文の中間発表があるためその準備をしなければなりませんでした.私は工学部に在籍していますが,実験は到底することができないので自 宅でできることを考えました.コンピュータを使ってのシミュレーションをしたり学部時代の実験データをまとめたり,発表資料の作成に時間を費やしました.

6月中旬には落屑も少なくなり体力も標準に戻ったため,授業・研究室活動に復帰しました.それからは一日も休まずに登校することができ,期末試験も全科目受験することができました.そして修論の中間発表も成功し,前期のカリキュラムを無事に終えることができました.

 

「運動」

学校に通っているときは自転車や徒歩で通学していたので特に運動はしていませんでしたが,4月終わりから本格的に自宅療養を始めたため,筋力の衰えを心配 しウォーキングを始めました.しかし,ウォーキングは長くは続きませんでした.歩くたびに滲出液が出てくるので,すぐに肌着が濡れてしまい,体が冷えてき たからです.結局30分~1時間のウォーキングを5月中にわずか3回しかできませんでした.

そ こで筋力トレーニングを始めることにしました.筋力トレーニングを始めたのは,もちろん筋力を落とさないという面もありますが,自宅療養で鬱積したストレ スを発散する効果を期待したためです.また皮膚を伸縮させる運動をすることによって,痒みを軽減させることもねらいの一つでした.

スクワット100回,閉脚式腕立て伏せ100回,開脚式腕立て伏せ50回,これらを一日2,3セット行っていました.

ス クワットは衰えやすい脚の筋力を鍛えることができます.閉脚式腕立て伏せはよく知られている通常の腕立て伏せのことで,これは両手幅の間隔を調整すること で両手にかかる負荷を増減させることができるトレーニングです.この腕立て伏せは両腕や両肩の痒みの軽減に役立ちました.

開脚式腕立て伏せというのは,両脚を広く開き,地面を舐めるようにしながら胸を前に突き出す腕立て伏せです.この腕立て伏せは背中を反らせるので,腹部と背部の痒みの軽減に役立ちました.

長期間過酷な苦痛と闘わなければならない脱ステロイド・脱保湿療法は,どうしても気分が滅入りがちになります.気持ちを前向きに持つためには,個々人がそれぞれに応じた気分転換法を持つことが大事になってくると思います.

 

以上,私が自宅で脱ステロイド・脱保湿療法を行ったときの注意点・工夫点を列挙しました.飽くまで私個人の見解で記していますので,医療上必ずしも有用であるとは限りません.御了承のほどお願い致します.

 

脱ステロイド・脱保湿療法を振り返り,現在この体験記を書いていますが,ステロイド剤を使用していた時と較べると,著しく皮膚の症状が改 善されたのがわかります.まず,最初に挙げるとするならば,ステロイド皮膚症特有の痒みが全くなくなったことです.一般にアトピー性皮膚炎の患者は見るに も耐えられないほどの痒みがあると云われていますが,これはアトピー性皮膚炎が原因の痒みではなく,ステロイド皮膚症の痒みだと私は思います.私もステロ イド使用時期には,夜になると耐えられないほどの痒みに襲われていました.蚊に刺されたときのような皮膚表面における痒みではなく,皮下組織からくる“え げつない”痒みなのです.昼間でもドライヤーを皮膚から数cmのところから熱風を吹きかけても,痛みを感じないまでの痒みが誘発されていたのです.ステロ イドは神経のバランスも崩すのでしょうか.私の皮膚には痒みの神経しか通っていないように感じたものです.

 

また,ステロイド剤を使用していたころは皮膚の色が浅黒く,瞼も腫れぼったくなっていたのですが,今では瞼の腫れはすっかり治りました.肌も元の色に戻りつつあります.

 

加 えてステロイド剤使用中は,髪をかきあげただけでフケが多量に落ちていました.勉強しようと思って椅子に座った途端,頭皮全体が痒みに襲われ勉強どころで はなかったのです.現在痒みは全くなくなり,フケもほとんど落ちなくなりました.ステロイドを止めたことで,以前より勉強に集中できるようになりました.

 

乾燥肌もすっかり治りました.アトピー性皮膚炎の患者の肌は強い乾性であるため保湿剤をつけることが推奨されていますが,それはアトピーが原因ではなくステロイドが乾燥肌を作るのだと私は思います.

 

ワ セリンなどの保湿剤を皮膚に塗布する行為は,発汗といった皮膚の生理現象を人為的に抑制する行為であるといえます.脱ステロイドは行っても脱保湿を行わな い医師の中に,入浴時に石鹸の使用を禁止することを強要する医師がいます,健康な人の肌はたとえ石鹸をつかって体を洗ったとしても,浴室から出るとすぐに 汗や皮脂に覆われて,ジトっとした状態になると思います.現在の私の皮膚はその状態にまで回復しました.

 

脱 ステロイドは行っても保湿をしている状態では,まだ完全に皮膚の機能を取り戻せていないのです.私は脱ステロイドを始めてしばらくして保湿剤を塗るのを中 止しましたが,もっと早い時期に中止していれば治りも早かったと思います.現在ではタオルに石鹸をつけてゴシゴシ洗うことができる丈夫な肌になっていま す.

 

また,食に関する考え方の変化がありました.インスタント食品,加工食品,菓子パンに関するもので例を挙げると,それらには様々な添加物が使われていま す.以前はこれらの添加物に対して違和感はほとんどなく,手軽さにかこつけて日常的に食べていたのですが,いまではこれらの食品に対する危機意識が高ま り,自ら進んで食べようという気は起こらなくなりました.

 

加えて,適度な運動をすることが重要です.特に夏場に汗をかき,体の新陳代謝を活発にすることが健康な日常生活を営む上で大切なことだと思います.

 

そして,今回の体験で,私が最も養われたのは自律・自存の心です.脱ステロイド・脱保湿療法は薬を一切使わず,自身の本人の治癒力のみに頼って治す治療法です.自分の自然治癒力を信じて疑わない強い心があってこそステロイド依存・保湿剤依存から脱却できるのです.

 

私 は満足な日常生活ができる状態に至るまで約3ケ月の時間が必要でしたが.この時期の時間の流れはとてつもなく長く感じられました.一見すると腐り果ててし まったかのような自分の肌,そこから立ち昇る臭気,ギラギラと光り,赤銅色に染まった全身の皮膚…,周りの者からすれば異様な人の姿でしょう.しかし,こ れを解決する手段は自分自身の生命力しかないのです.“薬”は人を治すものだと信じてきた人は意識の転換に迫られ愕然とさせられるでしょう.けれども,そ のショックを乗り越え,この世に生きとし生けるもの全てに備わっている根源的生命力を信じることこそが,唯一の“薬”となるのだと私は思います.

 

私は脱ステロイド・脱保湿療法を行うにあたって様々な人に出会い,励まされました.阪南中央病院の佐藤健二先生をはじめ,○○○○電話相談員の□□□□氏 には大変お世話になりました.また,常に体調を気遣ってくださった研究室の皆様,ほんとうにありがとうございました.この場を借りてお礼申し上げます.

 

そして,最後になりましたが,私の療養生活のすべてを支えてくださった両親に感謝したいと思います.ありがとうございました.

 

参考文献

文献1:佐藤健二著『患者に学んだ成人型アトピー治療 脱ステロイド・脱保湿療法』つげ書房新社(2008)

文献2:http://atopy.info/essay/11.html
※現在リンク切れです
(成人型アトピー性皮膚炎の治療 佐藤健二)

文献3:http://atopy.info/essay/7.html
http://www5c.biglobe.ne.jp/%7Eatopy/papersatou2000-01.htm

(「成人型アトピー性皮膚炎」の治療上の工夫 佐藤健二)

参考サイト

深谷元継先生 アトピー性皮膚炎のステロイド外用剤離脱
http://steroid-withdrawal.weebly.com/

 

動画共有

NNNドキュメント「しのびよる薬害!?急増するアトピー重症患者」

 

———–(体験記はここで終わりです)———–


 

 

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