私が脱ステロイド・脱保湿に踏み切ったきっかけは3つ。効き目が切れてきたこと、医者や西洋医学が信用できなくなったこと、そして生きている間に自由を手に入れたかったこと、これら3つです。読者の皆様も、どれか1つは共感を持っていただけるものがあるのではないでしょうか?

①ステロイドが効かず、30分以上もかけて軟膏・保湿剤を塗るのはもうイヤだった…

1点目は、身体がステロイドに対する耐性を獲得し、ステロイド剤を何度塗っても症状が改善されなくなってしまったことです。

高校一年生から約8年にわたりステロイド外用剤を塗りってきました。しかし、ステロイドを使用して7~8年目になると、皮疹がひかなくなりました。ステロイド皮膚症特有のかゆみも消えず、なにしろ薬を塗り続けることにとてもストレスを感じていました。

アトピーでステロイドを塗る人に抑鬱症状が多いのは、何もステロイドホルモンの影響だけではありません。毎日毎日、何年にも亘《わた》り、ステロイド軟膏を塗り続ける習慣化された行為が、「自分は半永久的にこの薬と向き合っていかなければならないんだ…」と思わせるのです。まさに“自分の人生の十字架を背負った”心理状態になるのです。この心理状態では抑鬱的症状を引き起こすことは必至です。

ステロイド外用剤を使用し始めて8年、入浴後の肌の乾燥も著しくなり、常に保湿剤である白色ワセリンを顔や首を含めた全身に塗りたくらなければ、激しい乾燥と痛みとに対処しきれない身体となりました。ステロイド外用剤と保湿剤とを全身に塗っていたので、30分以上素っ裸のまま軟膏を体にすり込んでいたのです。

「俺は…ずっとこんな生活をしなければならないのか…」

私は自分の背負った十字架に向き合わなければならないと思いましたが、同時に解決策を心の片隅で模索し続けていたのです。

②イシャ??もう信用できないよ…

2点目は、医者を信じることができなくなったことです。

これまでに、私は医院3軒、県病院1軒を受診しましたが、どの皮膚科医もステロイドを塗り続けることを強要しました。県病院には高校2年生のときにかかりましたがそこでは

「君は一生ステロイドを塗り続けなければならない。それぐらいの覚悟は必要だ!」

といわれました。また医院3軒はどれも、私が診察室に入りアトピー性皮膚炎だということを告げると、すぐさまステロイド軟膏を出してきて「これを塗りなさい」その一点張りでした。おまけに症状も一切みません。診たとしても1秒あるかないかの診療でした。

私はこのような医者たちから塗るように指示されたステロイド剤を使い続けることが怖くなりました。同時に医者を疑い始めました。そしてその懐疑的な心境は日に日に大きくなり、

『医者はほんとうにステロイドのことを知っているのだろうか?それとも勉強不足で知らないのか?
いや、そんなことはない。医学部を出ているんだから代表的な薬であるステロイドの副作用なんて知っているはずだ。


…っということは…もしかして…ステロイドの怖さを知りつつも、
カネを稼ぐために
ビジネスのために
俺たちに、ステロイドを出しているんじゃないのか?!』

いつしか、こんなことを考えるようになり、ステロイドを処方する医者を疑い、西洋医学を疑い、現代医療を疑う気持ちが私の心を支配するようになったのです。

③俺の墓場にステロイドはもっていかない!!

3点目、これが極めつけの理由でした。私は自分の死を考えたとき、ステロイド外用剤、あの青い容器に入っている、ぷんと鼻をつくような代物を「墓場にもっていけるか!」と強く思ったのです。

『死んでまでも、ステロイドから自由になれんのじゃないのか!?』
死んだら魂が体から抜け出して、肉体的苦痛という意味でのステロイドの副作用から逃れられるでしょう。しかし、精神にまで食い込んだステロイドの悪夢は、私を捕えて放しませんでした。ステロイドで自由意志までも奪われそうになったのです。

思いを巡らせ、私は悟ったのです。

『こんな人工物から自由になりたい。

死んでから自由になるのではなく、

生きている間自由になりたい』

死んでからは人々に生き様を訴えられません。一人の人間がステロイドから離脱できたことを周囲の人に知ってもらえれば、誰かの役に立つかもしれません。

私は決心しました。

ステロイドをやめようと…

もう金輪際やめようと

お別れしましょう!

俺に自由を気づかせてくれたステロイド

いままでありがとう!

BYE BYEっ!!

コメントを投稿できます。お名前、メールアドレス、ウェブサイトは任意記入です。